私は回った。回り続けた。
初めの内は、誰かに助けてもらったのを覚えている。その人は気づいたらもういなかったけど、私は回って、回って、回り続けた。ただ、それが楽しかった。
知らない内に、近くに私よりも図体の大きなやつが回っていた。そいつは隙があれば、体をぶつけてきた。私も負けじと体を思いきりぶつけたが、全く歯が立たなかった。すぐに角に追いやられた。
それでも負けじと端で回っていると、少し遠くにとても綺麗な模様で回っているやつがいる。そういえば、私はどんな見た目なのだろうか。今まで、気にもした事がなかった。そんな事を考えていると、その極彩色の模様をこれでもかと見せびらかすように、それは近づいて来た。それは、私の周りをグルグル、グルグルと回った。初めは鮮やかだと思った模様も、こうも執拗に見せられると目が回ってくる。そいつを押し除けようとした時、目の前に地味な見た目のやつが現れた。
気がつくと、地味なやつの他に極彩色のそれと瓜二つのやつが増えていた。初めの内は分からなかったが、二つの極彩色のそれらはとても息があっているように見えた。それに比べて、この地味なやつはなんだ。模様もほとんど見えない。どちらかというと、黒いモヤがかかっている様に見える。汚らしい。回り方もなんだか不器用に見えた。そんなやつと関わると自分も見窄らしくなると思い、そいつの方を振り向きもせず、その場を一目散に離れた。
やっとの思いで大分遠くにこれたのに、みすぼらしいそいつはいつまでもついてきた。悪態をつきながら、どうにかそいつを追い払おうとぶつかろうとすると、そいつもぶつかりにきた。初めの内は互角だったが、途中から私が痛がると、そいつも痛がった。そんな事をしていた最中、後ろから感じた事がない程の質量が物理的にも、精神的にも、私を遥か彼方へ突き飛ばした。
気がつくと、私は、もう回っていない様子だった。少し体を揺らすと、目端に初めに出会った図体のでかいやつが自慢げに躍り狂っているのが見えた。回っている勢いは先ほど見た時とは比べ物にならなかった。
なんだよこれ。なにも楽しくない。ふざけるなよ。自信過剰の極彩色には驕慢な態度を取られ、見窄らしい奴には付き纏われる。挙げ句の果てには、いきなり後ろから突き飛ばされる。一人にしてほしい。私を独りにしてほしい。
ただ、そうはさせてくれなかった。その人が来た。その人は私を持ち上げるや否や、私に角運動量と運動量の両方を十二分に与え、図体のでかい奴の方へ投げ飛ばした。私は、数秒間、宙を舞ってから、図体のでかいやつの上部に激突した。そいつは明らかに大きく狼狽していた。あんなに踊り狂っていたそいつの体の軸は、左右の揺れを徐々に大きくしながら、私の周りを大きく一周した。一周し終わろうとした瞬間、その体は回転軌道から外れ、そのまま奥の壁に直線的に激突した。恐る恐る近づいてみると、図体のでかいそいつは枯れかけの雑草のように力なく揺れていた。
初めの内は胸がすくような気分だった。ほらみろ。天罰だ。正確に言うと、私が報復した形だが。ただ、なぜか私自身はあまりいい気分ではなかった。理由は分かった気がする。より正確に先程のことを思い起こすと、その人がそうするように仕向けたのだ。私ではない。私はなにもやっていない。悪いのはその人だ。その人が私を投げ飛ばし、図体のでかいやつにぶつけたのだ。
ある事に気づいた。もしや、今までの出来事は全て、その人のせいなのではないか。私は、なにもしていない。おそらく、図体のでかいやつが私を突き飛ばしたのも、極彩色が執拗に見せびらかしてきたのも、その人のせいだ。それなら、許してやるか。しようがないことだ。みんなには、自我がないんだ。なんと可哀想に。本当に哀れだな。
そんな思考からふと解放されると、目の前に例の見窄らしいやつが現れた。そいつが見窄らしいのもその人のせいなのかもしれない。そう考えると、少し可哀想に思えてきた。慰めてやろうと近づくとそいつも近づいてきた。少し先の小さな段差に気づかず、そのままつまづいてしまった。危うく転けるところだったが、意外に問題なく、私は回り続けている。ただ、つまづいた時にそいつもつまづいていた事に気づいた。ここまで行動を真似されると、腹立たしいを通り越して不思議になる。いくつか試してみる事にした。左右に傾く。そいつも左右に傾く。その場から少し離れる。そいつも少し離れる。
私だ。
そいつは、私なんだ。私が見窄らしいという事実へのやるせない感情が湧き上がる。だが、それ以上に名前の知らない感情が押し寄せてくる。私が見窄らしいから、極彩色のそれらは高慢ちきだったのか。私が汚らしいから、図体のでかいやつは私を突き飛ばしたのか。私が哀れだから、その人は私を投げ飛ばし、激突させたのか。
でも、でも。
貧相でも、粗末でも、それでも、それはその人の所為ではないのか。
なぜ、なぜ。
その人の所為なのに、それではなぜ私が。
私は、私は。
「夕飯よー。早く片付けて、降りてきなさい!」
「はいはーい」
「はい、は一回!」
彼は、転がっているそれらを拾い上げ、箱の中に乱暴に投げ入れた。一番古そうな一つを除いて。
「また、それ持ってきたの?ご飯には関係ないんだから、置いてきなさいって言ってるでしょ」
「いいじゃん。一番かっこいいだもん」
そう言うと、夕飯の食器が並んでいる水玉模様のランチョンマットの端に、それを誇らしげに並べた。